・・・・・・・っということで、ぼくはパイロットの免許をアメリカで取りました。
さらに、教官の免許(並と上)を持っています。
筆記試験は、ほぼ百点でした。
試験官を乗せた実技試験も、こりゃダメだろうなというミスを連発したにも関わらず、一発合格でした。
日本で同じ資格を取ろうとしたら、ぼくのような劣等生は不可能だったと断言できます。
日本の試験官は「落としてやろう」というのが大前提にあります。
彼らは、それによって日本の空と国民を守っているという自負を持っています。
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話はちょっと逸れますが、「気象予報士資格」は始まった頃、とても簡単でした。
ぼくが教えた生徒の何人もが合格しました。(パイロットは気象を学びますから。)
ところがこの資格、今では競争率がうなぎ登りで超難関とされています。
正直なところ、この資格がそんなに役立つとは思わないのですが、免許を与える行政側には、試験とは落とすものという原則が身に染み付いているようです。
資格を与えないことによって、国民の仕事の選択の自由を奪っているのです。
資格を取っても、ダメな奴はダメだとみんな知っているでしょう。
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パイロットの実技試験に戻りますが、日本の試験官は気まぐれで落第させます。
飛行前点検の歩き方をみて、「アイツはパイロットに向いていない」と断言し、実際に優秀なパイロットが何度も落とされた経験があります。
本来試験官というものは、規定に沿って合否を判断するものです。
航空法に書かれていることが基準なのに、どこからか書いていないことを引っ張り出してきてなかなか認可しません。
航空局に関わらず、日本の役人はどこも似たり寄ったりでしょう。
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アメリカでは、全く逆です。
「なるべく合格させてやろう」が基本です。
もし、法律に規定されていない基準で不合格とした場合、試験官には説明責任が生じます。
もし、説明できなければ、空を飛ぶ権利を受験生から奪うことになるからです。
アメリカのパイロット免許は簡単ですが、免許を取ってからが大変です。
フライトスクールで働いたり、ローカルのコミュータなどで下積みをしながら飛行経験を積んで、最後に目指すエアラインパイロットになるのです。
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何を言っているのかお分かりでしょう。
弁護士資格を取ってからが大変なのです。
アメリカ社会とはそういうとてつもなく厳しい競争社会なのです。
日本の尺度で「だからアイツは偉いとかダメとか」、アメリカの司法試験のことをとやかく言えないのです。