・・・・・・・っということで、第一次世界大戦が始まったのは1914年。
「ヒトクイシ」と覚えます。(ーー゛)
これだけは心に留めておきたいこと
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大正時代と重なるかなぁと調べたら、大正元年は1912年で大戦の2年前でした。
Wikipediaで大正時代を見ていると、「尼港事件(にこうじけん)」という言葉に突き当たりました。
ニコラエフスクで起きたから「尼港」なんです。
ご存知ですか?ぼくは知りませんでした。
シベリア出兵(1918年〜22年)なら聞いたことがありますが、その期間内に発生した事件・・・というより惨劇です。
ニコラエフスクはアムール河口にある港町で、日本の領事館が置かれていました。
当時は、貿易のためあの辺りにも日本人が住んでいたのですね。
第一次世界大戦後のどさくさが続いていました。
革命派の赤軍と反革命派の白軍が内戦を繰り広げていました。
まあ、日本軍は中立の立場でしたが、治安維持の役目を担っていました。
ゲリラ化した赤軍(+中国人と朝鮮人)が街を包囲しました。
無駄な犠牲を防ぐため、日本軍は武装したまま街を開城しました。
もちろん略奪殺人など不法行為をしないという約束のもとでです。
・・・・・・・
領事の一家をはじめ、日本軍守備隊、日本の民間人731人全ての日本人が虐殺されました。
皆殺しですから、老若男女問わずです。
住人を含めて6000人が殺害されたと言われ、それは当時の市の人口の約半分に達しました。
あまりの惨(むご)さで、途中で読むことができなくなりました。
・・・・・・・
連想するのは「宇露戦争」(今はそう呼ぶそうです)です。
ロシア軍の本質は当時と変わっていないと感じます。
約束を守らず、略奪し、レイプし、拷問し、虐殺する。
マリウポリで最後まで籠城し、投降した約2500人のウクライナ兵士たちの運命が憂慮されます。


