生きた証の証人 | so what(だから何なんだ)

so what(だから何なんだ)

人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、ハイ!いま酔っ払っています。^m^

 

ブログにはいろいろな解釈がありますが、ぼくは「日記」と捉えています。

 

日記って人に読まれたくない、プライベートなことを書くのが基本でしょう?

 

だから、鍵付きの日記帳があっても不思議ではありません。

 

そういう日記は、本人の死と共に、世間に知られないまま消え去るのです。

 

ブログはそれと正反対の存在ですね。

 

他人に読まれる日記なんて、日記の定義から外れているでしょう?

 

日記とは、ありのままの自分を正直に書くべきだと言いながらも、読み手を意識しないで書く人はいないでしょう。

 

日記とは「自分が生きた証」を残そうとする行為です。

 

生きた証を残すということは、誰かが読んでくれなければ証にはなりません。

 

日記を書く人は誰でも、「読まれたくないけど読まれたい」という矛盾を抱えています。

 

自分と波長の合う誰かに読んでもらい、自分の生きた証の証人になってもらいたい。

 

・・・・・・・

 

生きた証というと大袈裟ですよね。

 

世の中の片隅で、人知れず生命を繋いできて、世の中に何の影響も与えないまま消えていく人生。

 

他人にとっては取るに足らない人生かもしれませんが、生きた本人にとっては人生そのものなのです。

 

生きたからには何らかの意味があるはず・・・と思いたい。

 

だれでも。

 

ブログは、そういう人たちのニーズに応えるツールじゃないでしょうか。

 

・・・・・・・

 

ブログは基本的に一方送信です。

 

不特定多数に向けた、こちらからの一方的な送信です。

 

たまたま受信したごく少数の人がいます。

 

受信しても読まない人がほとんど。

 

読んでも、まったく反応のない人。

 

いいねと思わなくても読んだよという意味で、いいねボタンは押す。

 

世の中、本当に波長の合う人間なんかほとんどいません。

 

でも、15年も送信し続けていれば、合う人がいるのが世の中の面白いところです。

 

・・・・・・・

 

ブログはお互い匿名であるところがミソです。

 

名前も顔も知らなくても、共感は得られる。

 

性が異なっていても、年齢が違っていても、住む場所が違っても関係ない。

 

共感が得られれば、一方送信で終わっても十分満足すべきです。

 

しかし、コメントのやり取りをしていると、実際に会ってみたくなる。

 

これをルール違反とする理由は分かります。

 

ブログの目的は、共感が得られた時点で達成されたとすべきなのです。

 

でも会いたい。

 

実際に会ってガッカリしたことは一度もありません。

 

(尤も、ガッカリさせたことはあるかも知れませんが。(^^ゞ)

 

・・・・・・・

 

何でこんなことを長々書いているかというと、このあいだ15年来のブロ友と会ったからです。

 

自分の好きな業界で働いていて、自分の才能が発揮できる仕事をしています。

 

ただ問題は、その業界そのものがブラックだということだけです。

 

独身の女性が生きていくことに対して、日本の社会は冷淡です。

 

本業以外に2つの仕事を掛け持ちしています。(合計3つ)

 

ぼくの全く知らない世界です。

 

何度も会っています。

 

年齢差も大きいし、何で波長が合うのか実に不思議です。

 

ぼくは彼女の話を聞き、彼女はぼくの話を聞いてくれます。

 

彼女のために何か役に立ってあげたいと思うものの、何もしません。

 

ただ話を聞きながら酒を飲み、美味しい料理を食べるだけです。

 

・・・・・・・

 

少なくとも、お互い、生きた証の証人にはなれるでしょう。

 

 

 

以上、支離滅裂で申し訳ございませんでした。<(_ _)>