・・・・・・・っということで、ぼくがヨーロッパを旅行して気づくことは「恐怖」です。
中世の街は必ず城壁で囲まれていました。
数多くの城壁と、城門が遺跡として残っています。
そして、中心にある広場には必ず教会があります。
小高い丘には城(あるいは要塞や館)が建っています。
ぼくらは、それらを観光目的の一つとして巡るわけです。
もちろん、それらは外敵から守るために建設されたものです。
・・・ということは、常に「外敵の恐怖」に支配されて生活していた証拠です。
ぼくは、ちょっとヒネクレているので、そういう目で見てしまうのです。
日本にも城はありますが、街全体を城壁で囲むということはしていません。
何故なら、外敵は常に城主の敵であって、民衆の敵ではなかったからです。
城主は一族を道連れに城を枕に自害するだけで、城下町の住人を巻き込むことはしません。
ところがヨーロッパは?
モンゴル族の侵略は特に酷いものでした。
街を取り囲まれ、補給を絶たれ降伏を要求されます。
しかし、その約束は守られることなく、陵辱を受けたうえに皆殺しです。
侵略する過程で、後方に敵を残すのは合理的ではないからです。
モンゴルの侵入に圧迫され、ゲルマン人が東に移動したのは歴史で習うところ。
そして、追われたゲルマン人が今度は侵略軍となるのです。
ゲルマン人以外にケルト人、ノルマン人、イスラム教徒、ヨーロッパの隣国・・・と続くのです。
日本と比べ、その「恐怖」は比較になりません。
それが、ヨーロッパでは有史以前からずっと継続されてきたのです。
ヨーロッパ観光では、その染み込んだ恐怖を肌で感じるのです。
・・・・・・・
ここまで過去形で書いてきましたが、それが現在形で進行しているのです。
ロシアによる侵略です。
ついこの間まで平和に暮らしていたのに、いまは戦火に追われ死と背中合わせの生活を強いられています。
これがヨーロッパの恐怖の本質なのです。
ヨーロッパの歴史は難民の歴史でもあるのです。