ヨーロッパに染み付いた恐怖 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、ぼくがヨーロッパを旅行して気づくことは「恐怖」です。

 

中世の街は必ず城壁で囲まれていました。

 

数多くの城壁と、城門が遺跡として残っています。

 

そして、中心にある広場には必ず教会があります。

 

小高い丘には城(あるいは要塞や館)が建っています。

 

ぼくらは、それらを観光目的の一つとして巡るわけです。

 

もちろん、それらは外敵から守るために建設されたものです。

 

・・・ということは、常に「外敵の恐怖」に支配されて生活していた証拠です。

 

ぼくは、ちょっとヒネクレているので、そういう目で見てしまうのです。

 

日本にも城はありますが、街全体を城壁で囲むということはしていません。

 

何故なら、外敵は常に城主の敵であって、民衆の敵ではなかったからです。

 

城主は一族を道連れに城を枕に自害するだけで、城下町の住人を巻き込むことはしません。

 

ところがヨーロッパは?

 

モンゴル族の侵略は特に酷いものでした。

 

街を取り囲まれ、補給を絶たれ降伏を要求されます。

 

しかし、その約束は守られることなく、陵辱を受けたうえに皆殺しです。

 

侵略する過程で、後方に敵を残すのは合理的ではないからです。

 

モンゴルの侵入に圧迫され、ゲルマン人が東に移動したのは歴史で習うところ。

 

そして、追われたゲルマン人が今度は侵略軍となるのです。

 

ゲルマン人以外にケルト人、ノルマン人、イスラム教徒、ヨーロッパの隣国・・・と続くのです。

 

日本と比べ、その「恐怖」は比較になりません。

 

それが、ヨーロッパでは有史以前からずっと継続されてきたのです。

 

ヨーロッパ観光では、その染み込んだ恐怖を肌で感じるのです。

 

・・・・・・・

 

ここまで過去形で書いてきましたが、それが現在形で進行しているのです。

 

ロシアによる侵略です。

 

ついこの間まで平和に暮らしていたのに、いまは戦火に追われ死と背中合わせの生活を強いられています。

 

これがヨーロッパの恐怖の本質なのです。

 

ヨーロッパの歴史は難民の歴史でもあるのです。