・・・・・・・っということで、人類の歴史はエネルギーの歴史でもあったんだなぁ〜とつくづく思います。
産業革命以前のエネルギーといえば、木材です。
木を切って燃やすことから人類はエネルギーを得ていました。
ですから、古代の都市の周囲は木が切り倒されて、砂漠化しているのです。
厳密にいえば、木を燃やすだけがエネルギーではありませんでしたね。
水車や風車という自然のエネルギーを利用しました。
究極のエネルギーは動物や人力。
しかし、これらのエネルギーはたかが知れています。
大きな飛躍があったのが帆船による大航海時代でした。
もちろん風のエネルギー利用でした。
15世紀半ばから17世紀半ばにかけての出来事です。
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産業革命によって、化石燃料である石炭をエネルギー源にするや否や、蒸気機関が一世を風靡しました。
18世紀半ばから19世紀にかけてのことでした。
石炭によって、人類のエネルギー消費は飛躍的に増加しました。
そして、外燃機関から内燃機関へ主役は移ります。
そう、石油の時代になったのです。
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そして今、石油エネルギーが問題視されています。
大気の汚れなんかだれも気に止めていなかったのです。
ついこの間まで、光化学スモッグ警報ってあったでしょう?
このままだと化石燃料が枯渇することばかり気にしていました。
ところが、枯渇する前に地球温暖化で取り返しがつかなくなると、ようやく気がついたのです。
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人類に求められているのは、脱炭素エネルギー=脱化石燃料なのです。
特に日本はエネルギー資源の乏しい国です。
もし、水素が大量に低コストで生産できるならば、日本のみならず世界のエネルギー事情を根底から覆すことになるでしょう。
だって、水素は化石エネルギーではなく、どこにでも無尽蔵に存在する物質だからです。
水素社会の実現は日本が先頭に立って実現化しようとしていますが、世界の見る目は冷たいものがあります。
水素を作る一つの方法として、水の電気分解があります。
しかし、水素で電気を作るために、電気で水素を作るという皮肉が生じます。
太陽光や風力による電力はクリーンですが、大量に生産するには向いていません。
電気分解以外の方法で、クリーンで安価な水素生産技術が開発できるかがネックです。
これはとてもハードルが高い技術でしょう。
しかし、やる価値は大きいとぼくは思います。
そのハードルを日本がクリアして、世界にエネルギー革命を起こす日が来ることを夢に描いています。
ぼくが生きている間に、その日を目撃したいと心から願っています。