・・・・・・・っということで、八郎潟の干拓事業は当時の日本にとって、国家を挙げた一大プロジェクトでした。
何たってぼくが5歳のときスタートした事業です。
覚えていますよ、新聞もTVも、そして映画館でも大々的に喧伝されていましたから。
今から思えば、日本はずいぶん「共産チック」でしたね。
そういう懐かしさがあって、一度は干拓地を見てみたいと思っていました。
いままで何度か通り過ぎたのですが、叶いませんでした。
レンタカーの時間が余っていたので、足を延ばすことにしました。
↓なんとも立派な資料館があります。
ぼくが見たかったのは、1)広大な干拓地の眺め。
そして、2)干拓は意味があったのか?・・・です。

だってサ、諫早湾の干拓事業であれだけ反対があったじゃないですか。
60年以上も前のこと、環境アセスメントなんかろくにしていないはずでしょう?
たった一人の受付の男性に聞いてみました。
八郎潟を見渡せる場所なり施設を教えて・・・って。
そんな質問、全く想定外だったようです。
誰だって思いますよね、八郎潟を一望したいって。
ところが、これだけ立派な施設を作っても、誰一人気付かなかったのです。
ダイジョーブか?秋田人。(ーー;)
施設の展示は立派でした。
見る価値はあります。
やはり、工事に反対する人々はいたようです。
しかし、諫早湾のように漁業関係者によるものかは分かりませんでした。
あまりに訪問者が少なすぎて、受付の職員は会話能力を失ってしまったようです。
2)の質問なんかできるはずがないと諦めました。
ただ、日本一低い山のことは聞き逃しませんでした。↓

