日本百名城(勝山館) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、志苔館から2時間のドライブで日本海側にある勝山館です。


途中、追分にある開陽丸を再訪。↓


前回は濃霧に包まれていましたが、今日は快晴!(^^)/



勝山館には立派な資料館↓があって、おばあちゃんが相手にしてくれます。

城ブームで訪問者が多いとのこと。


さて、勝山館のジオラマです。↓

資料館から海に下る斜面の集落です。


↓こちらは海側から資料館方面を見上げる方向。


↓実際は、こんな眺めです。(白い杭は埋葬場所です。)


谷を下れば湾です。

資料館の隣に小高い山があり、そこからの眺めが素晴らしい。↓

海の色が真っ青で、やっぱり北海道の夏って感じです。



風が強く、風力発電にはうってつけのロケーションです。


この遺跡の面白いところは、谷の上部に墓地が広がっていることです。

さらに面白いのは、倭人とアイヌの墓が混じりあっていることです。

倭人は屈葬で、アイヌは横たわって埋葬されていますから、違いが分かるのです。

このことは、混じりあって暮らしていた証拠です。

しかし、ここも志苔館と同様に、アイヌとの戦いで、多くの館が落とされましたが、最後まで落ちなかったようです。


墓地の下にある居住区は斜面に沿って計画的に造成されていて、まるで団地のようです。


ナンか、今でも分譲地として売り出せば、人気になるんじゃないかと思います。


ここは海の幸、山の幸に恵まれていたと思いましたが、なんと貿易で栄えたそうです。


このあと、あの悪名高き松前藩が支配権を強め、この場所は放棄されます。