・・・・・・・っということで、野球のボークである。
牽制するときは、プレートから足を外さにゃならん。
投球動作に入る前に一度静止しなきゃならん。
・・・なのか?
ぼくにはサッパリ分からない。
昨日の大谷選手への2度のボーク判定。
ルールを知らなくても「恣意的」な印象を受ける。
審判団が「取ってやろう」という目で彼の投球を見ていたのは明らかである。
だが、恣意的であろうが、審判がボークだといえばボークなのである。
MLBの審判のボール/ストライクの判定だって、あまりにもお粗末ではないか。
問題なのは、何故恣意的になったか?である。
TVの解説では、ボークの判定に対する大谷君のジェスチャーが審判の心証を悪くしたと言っていた。
じゃあ最初のボークは何故?の答えにはなっていない。
ぼくは、その前日にとった彼の行動に原因があると思っている。
バッターに立った彼は、相手ピッチャーのボークを主審の前に指摘したのである。
彼には全く悪意がない。
ピッチャーとして、ボークとは何かを彼は精通しているのである。
だが、これが主審の気に障った。
オレの判定前にバッターが指摘するのはケシカラン。
ヨシ、この日本から来た若造に、アメリカ野球ってものを教えてやらねば。
明日は、コイツがピッチャーだから思い知らせてやろう。
・・・たぶんこのような伏線があったとぼくは睨んでいる。
如何にもアメリカ人がやりそうなことである。
アメリカ人ほどフェアを叫びながら、アンフェアな行為をする人種はいないからである。
背景に「人種差別」の心理が働いたか否か、ぼくは完全に否定できないと思っている。
菅総理大臣には、このボーク判定はオカシイと、バイデンに言って欲しいくらいである。(^ω^)