・・・・・・・っということで、不思議に思うのは、江戸時代の物流はどうしていたのかです。
以前もちょっと触れましたが、日本には馬車がなかった。(牛車はあったけど。)
福沢諭吉が西洋で馬車を見てビックリしたとか。
米などの物流は水運が主体だったことは知っています。
東北地方で収穫された米は、河川を使って港に運ばれ、そこから北前船などに積み替えられ、天下の台所であった大阪に運ばれたのですから、海上輸送が主役だったことも、容易に想像できます。
そのため、回船問屋が発達したのも分かります。
しかし、問屋から先の物流はどうやっていたのでしょう?
大八車に乗せて人力で輸送していたのでしょうね。
大きな川には幕府が橋を架けることを禁じていたので、渡し船を使わなければならない。
やっぱり人力が主体だったのでしょう。
あとは、馬に荷物をくくり付けて運ぶしかない。
すると、大量の物資を一度に運ぶ輸送システムは、日本には無かったことになりますね。
蟻が物を運ぶ姿と変わらないでしょう。
こんなに外国の物を貪欲に吸収してしまう日本人が、何で馬車を思い付かなかったのでしょうね。
不思議でなりません。
↓中国の馬車。
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案外見落とされがちなのが、河川による運搬。
現代では河川を使った物流は想像できませんが、ぼくが子供の頃は綾瀬川を沢山の船が行き来していたのを覚えています。
多摩川の登戸は、河川の流通ポイントだった所です。
昔の江戸や大阪は、運河が網の目のように整備されていたのです。
歴史を楽しむうえで、物流って大きな盲点じゃないですかね。
生活を支える大きな柱のひとつがロジスティックスですから、その視点から歴史を見るのは面白そうだと思いませんか?
物流もテーマの一つに入れて旅行してみたいですね。
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ああ、早くコロナが去ってくれないかなぁ?

