パスカルの(超有名な)言葉です。
知らなかった。(TT)
【大学にいくとバカになる】系の言葉ですかね。(^^ゞ
ソクラテスで言えば、【無知(不知)の知】のバリエーションとも言えます。
インターネットの普及で、この言葉の重要性を再認識しなければならないでしょう。
「評論家気取り」がすさまじい勢いで増殖しているからです。
知識とは何でしょう?
知識を幅広く持つことはとても重要です。
しかし、知識を身に着ける段階において、「葛藤」がなければならないのです。
どんな葛藤か?
自分が意味を正しく理解しているか?
深いところまで理解しているか?
借り物の表面的理解ではなく、自分なりの解釈をしているか?
そういった自らに問う苦しいプロセスの有無です。
それでも、常に間違って解釈していないか疑う謙虚な態度と、いつでも修正できる柔軟さを伴ってこそ知識といえるでしょう。
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インターネットのニュースのあとに一般人のコメントが書いてあります。
いかにも自分は知っているぞ、自分は正しいぞという態度がありありと見えるコメントが実に多い。
こういうにわか評論家等には、上で書いた葛藤のプロセスが明らかに欠けているのが見えます。
自分の知識を簡単に増やせる良い時代になりました。
だからこそ、偽りの知識を恐れる謙虚さが大事なのです。