・・・・・・・っということで、尊皇攘夷について。
明治維新は起こるべくして起きたと言えるでしょう。
1603年に徳川家康が征夷大将軍になって江戸に幕府を構えて以来、250年(~260年という説も)間も続いた平和。
その間、支配階級の武士は戦争がなく暇をもて余していたのです。
しかも、生産活動には基本的に関わらないのです。
そういう負い目(?)を理論武装するために、朱子学(儒教)に傾倒したのは理屈が通るのです。
即ち、支配階級としての自分達の優位性を精神面に求めたのです。
社会の基本原理が経済に移るに従い、幕府体制にほころびが見えだし、机上の学問だけやっていてはダメと考えだすのも当然でしょう。
武士たちに、行動を伴う(知行一致の)陽明学が魅力的に映るのも理屈が通ります。
吉田松陰も陽明学の影響を強く受けています。
そんな武士たちの負のエネルギーが満ちていたのが、幕末という時代だったのでしょう。
ペリーの来航は爆発の切っ掛けにすぎません。
そして爆発の大義名分を与えたのが、水戸学の「尊皇攘夷」論です。
もう「尊幕」じゃなく、頭を飛び越し天皇に論拠が移ったのです。
いまの時代のぼくらには、なかなかこの理論の飛躍の重大性は理解しにくいです。
250年も続いていた幕府を支える論拠が根底から崩れるのです。
若い武士たちが沸き立ったのはよく理解できます。
もう公武合体論では押さえきれない。
もちろん、武士だけではなく、渋沢栄一のような時代感覚を持った農民層も沸き立ったのです。
こうやって見ると、理論が歴史を動かすことが分かります。
そして、その理論を上手くまとめたスローガンが大きな役割を果たすのですね。
以上が、ぼくが理解するところの尊皇攘夷です。