・・・・・・・っということで、人間は自分で判断して行動していると思ったら大間違いという話。
例えば、今日のランチはラーメンに決めたと本人は思っていたとしても、それはずっと前から様々な情報と、体の要求が重なってラーメンを選んだのであって、選んだのは自分ではないということ。
ナンかピント来ませんね。
もっと大きな話として、現在の職業。
自分で選びましたか?
様々な要素が重なりあって、現在の職業に落ち着いたのでしょう?
その前なら、大学だって、高校だって、自分が選んだんじゃない。
結婚相手だって、自分で決めたと思わされているだけでしょう?
似たようなリンゴの中から一つを選んだのは、自分の判断じゃないかと反論するかもしれません。
でも、その理由はと聞かれると、色なのか大きさなのか、値段なのか理由は付けられますが、全部後付けの理由ですよね。
判断するのは脳です。
目を通して得た情報を脳が判断し、手に取れと命令したのですよね。
しかし、選んだのは脳ではなくて、自分の動物的な勘で選らんだというのが正しいのではないかと言われれば、否定できませんよね。
人間の動きは全て脳がコントロールしていると思ったら大間違いだということです。
歩くとき、右足と左足を交互に出せなんて、いちいち脳は命令していないし、本人はその自覚もない。
歩きながら考え事だってできる。
こうやって、人間の行動と選択をチェックしていくと、脳が主体で生きているとは言えないことに気付く。
すると、自分の人生だって自分の考えで送っているとは言えないでしょう?
自分は今こう考えていると思っていても、そう考えさせられているだけかも知れない。
誰がそう考えさせているかって?
もっと本能的な、生きている生命体としての自分でしょう。
脳が自分を支配していると思うなんて、とんでもない勘違いだということです。
・・・・・・・
だからといって、運命論とも違うんですね。
こういう勘違いは人間だからするのであって、動物では起こり得ません。
人間は時々、自分が動物の一種だということを思い出すのは、悪いことではないのです。
^m^