・・・・・・・っということで、時間があるから変化するのではなく、変化するから時間があるのです。
時間は変化を計るための便宜的な言葉に過ぎません。
時間とはを考えても答えは出ません。
時間はないのですから。
では、変化とは何でしょう?
この世の中は全て変化します。
ですから「万物流転」なのです。
変化しないと思われる灰だって、原子レベルでは変化しています。
次に、変化しないものは何でしょう?
あえて言葉にすれば「無」でしょう。
(無いのですから言葉にしようがないのですが。)
無とは何でしょう?
無とは「死」でしょう。
(これも言葉に過ぎません。)
死は生がなければ存在しません。
では、生の前は何かというと、言葉がありません。
あえて言えば生前なのでしょうが、生前というと生きている時のこと。
生前も生後(=死)も同じ無なのです。
繰り返しますが、無とは変化のない状態です。
さて、変化する「生」とはいったい何なんでしょう?
理解するには「今」を考えなければなりません。
過去と比較することによって今があるのですから。
あきらかに今は「存在」します。
これは自明の理ですね。
では、過去は存在しますか?
存在しませんね。
じゃあ未来は?
しませんね。
存在しないのですから、無です。
すると過去と未来に挟まれた今とは限りなく無に近い。
いや、実は今も無ではないか?
存在するけれど存在しないとなるのです。
だから「色即是空」なのです。
この世に生と死が混在するじゃないかと思いがちですが、この世には死は存在しないのです。
存在しないものを考えることは出来ないのです。