父親の晩年の趣味が絵を描くことでした。
以前、清里に飾っていた絵を紹介したことがありますが、こんなにたくさん描いているとは思っていませんでした。
数十枚です。
水彩画とコンテ画が中心です。
風景画と人物画に混ざって、相当数の裸婦画がありました。
模写かなぁ?と思ったのですが、明らかに実際の裸婦を見てデッサンしたとしか思えないものが、スケッチブックに多数ありました。
すぐに謎が解けました。
父親は絵画学校に通っていたのです。
知らなかったぁ~。
先生とおぼしき人が、課題の裸婦を添削したものがあったからです。
息子の自分が言うのもナンですが、上手い。
先生のコメントにも、完成度が高く、このままで作品と呼べるなんて書いてありました。
ぼくと違って父親は負けず嫌いです。
間違いなく他の生徒に競争心を持って教室に通っていたはずです。
習字教室のときも同じでした。
先生に朱を入れられると、俺より下手なくせにとすぐ止めてしまいました。
しかし、絵画教室が長く続けられたのは、競争心だけではなかったはずです。
その理由がよく分かります。^m^
