タイムカプセル(その2) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、朱色の箱はタイムカプセルでした。

父親が終戦後、愛媛県の公務員になっていたのを初めて知りました。

2年ほど勤めた記録がありました。

職業軍人だった父にとって、事務職は合っていたのか分かりませんが、ほどなく外部で研修を受けたようです。

そこでの成績表があって、トップの成績を納めていました。

その後に役所を辞めて、織物会社に転職しました。

もちろん、ぼくが生まれる前の話です。

その織物工場も辞めて、発足したばかりの自衛隊に入隊しました。

辞めるときに社長とゴタゴタがあったようで、社長の手紙が極秘と書かれた封筒に入っていました。

父にとっては人生の転機だったので、朱色の箱に大事に保管していたのでしょう。

・・・・・・・

その他、ぼくが小学生から中学生のとき、学級委員に任命されたときの委任状が数枚出てきました。

両親にとって、よほど誇らしかったのでしょう。

それと同時に、姉の中学から高校にかけての通信簿が出てきました。

1がほとんどで、たまに2があるような悲惨な内容の成績表でした。

常に最下位から3つ4つの順位でした。

担任が書いたコメントを読んでいると、何かとても暗い気持ちになってしまいました。

もっと積極的に同級生と混じるようにと書かれていました。

クラスの隅で一人ぼっちの姉の姿が浮かんできました。

・・・・・・・

それぞれの家庭には、それぞれの歴史があります。

一緒に過ごした記憶は、家族にしか分かりません。

いま、父は亡くなり、母は完全にボケてしまい、姉はそもそも自分の置かれた環境を理解できていません。

偶然タイムカプセルを開けてしまったわけですが、4人で生活した家族の記憶を持つのはぼく一人しか残っていません。

朱色の箱を前に、家族の記憶を辿って、しばらく呆然としてしまいました。

家族は必ず消え去るものです。

家族のことを考えると、何故か悲しい気分になってしまいます。

・・・・・・・

まあ、そんなことがあって、すっかり戦意を失い、まだ片付けの目処が立たないまま帰ってきてしまいました。