砂漠の真ん中のプレハブの宿舎でした。
今日が誕生日だなんて誰にも言いませんでした。
だから、特別なことは何一つしませんでした。
実は、記憶もありません。
ただ、その年の誕生日はバスラで迎えたことだけは確かです。
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賄い(食事担当)はゼネコンの関係者の女性二人と、下請けの社長の奥さん(実は妾)の3人が担当していました。
何もない異国で、よくやってくれました。
日本の現場の賄いというと、いかにもそれらしい風体のオバチャンなのですが、ゼネコンの関係者の女性二人は大学出のインテリでした。
イラクという異国の砂漠の真ん中。
そのインテリの若いほうの女性にホレられていることは、いくら鈍感なぼくでも気づいていました。
閉鎖された空間で、歳の離れた男女が2年間過ごすのはなかなか想像しがたい経験ですよ。^m^
ぼくが任務を終えて現場を去るとき、彼女が駆け寄ってきて餞別を手渡してくれました。
餞別はイラクディナール(お金)で、海外では何の価値もありません。
ぼくはバグダッドのホテルの部屋で、そのお金でシャンパンを買って、独り酔いつぶれました。(^^ゞ
誕生日の思い出なのに、ナンか変な展開でしたね。^m^