アルメニアvsアゼルバイジャン紛争(その2) | so what(だから何なんだ)

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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、先ずはアルメニア。

ナンと紀元前6世紀から歴史を持った古い国です。

同一民族で独自の言語アルメニア語を持っています。

当然今のようなアルメニア/アゼルバイジャン/ジョージアなんて国境で分けられていたわけではなく、黒海とカスピ海に挟まれた隘路にある地域と言った方がいいでしょう。

(その1)でも書いたように、民族、文化、国家、宗教が交わる三叉路となって波乱の歴史を辿ってきました。

面白いことに世界で最初にキリスト教を国教と定めた国です。(391年)

紀元前1世紀に商業で発展したものの、ローマ帝国とササン朝ペルシャに翻弄され、イスラム、セルジューク、モンゴル、ティムールが侵攻してきました。

一時期独立を回復するも10世紀になると、ディアスボラ(ユダヤ人のように国家を失うこと)を経験しています。

その後オスマンとペルシャに二分され、ペルシャvsロシア戦争を経てペルシャ領はロシアのものとなります。

これが19世紀後半のアルメニアの姿です。

ここで、歴史的な事件(アルメニア人虐殺)がオスマン領アルメニアで起きます。(死者数は、一般的に100万から150万人の間と言われています。

20世紀初頭にはオスマン領のアルメニア人は外国に難民となって散っていきました。

これがアルメニアにロシアが肩入れする要因です。

敵の敵は味方という原理ですね。

・・・・・・・

地形図を見れば分かる通り、アルメニアは山岳地帯で農業、牧畜に適していません。

相当下位に位置する発展途上国です。

若者はどんどん外国に出稼ぎに行っています。

唯一、鉱物資源が頼りです。

首都のエレバンは肥沃で、遠くにアララト山(5,137m)を望む美しい町だそうです。

紀元前から独自の文化を持っているので、誇り高い民族であると想像されます。

次にアゼルバイジャンを書きます。

・・・つづく。