・・・・・・・っということで、この気分が滅入る中、藤井聡太君のニュースは唯一と言っていいくらいの明るさを放っています。
まだ18歳になったばかりの高校生。
ぼくは、動かし方を知っている程度で、下手っピです。
ニュースでチラッと見る程度ですが、ナンか掴みどころがない人物ですね。
ポーカーフェイスというのかな?
腰が低いわけでもないし、威張ってもいない。
リップサービスもしない代わりに、的を外した受け答えをするわけでもない。
正真正銘の天才って、常人には心の奥底を予想することさえ無理なんでしょうね。
子供の時のエピソードを読むと、とんでもない負けず嫌いだし、感情の起伏も激しいと判るのだけど、今の彼からはその片鱗さえも伺うことは難しい。
感情を抑えることから始まって、感情をコントロールするという道筋を間違いなく歩んだはずなんだけど、それさえも乗り越えてしまったようだ。
中島敦の小説に「名人伝」があるけれど、藤井君はもうその領域に達しようとしているように見える。
18歳になったばかりなのに。
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彼が最初に将棋に出会ったのは5歳で、字を覚える前に棋譜を覚えちゃったというから天才って理解を越えている。
でも、もし祖母が将棋の手解きをしなかったらと考える。
彼は理数も運動も得意だそうだから、ひとかたの人物にはなっていたでしょうが、これほど名を知られる人物になっていたかは分からない。
この「得意なもの」に出会う芽を、最初から摘まれているのが現実じゃないだろうか?
得意なものに出会えた彼は、たまたまラッキーだったのかも知れない。
そう思うと、親の責任、教師の責任、教育システムの責任は重大だろう。
いまの日本は、可も不可もない画一的な人間を量産しているように思えて仕方がない。
誰かがブログで書いていたけれど、生徒の質問に「ああ良い質問だね」と先ず答える教師でなければならない。
教師も生徒たちも、「バカな質問するんじゃねぇ~ヨ」、「いちいち付き合っていたら時間のムダ」と考えるのが日本の教育現場じゃなかろうか。
そうやって皆が子供の得意の芽を摘んでいる。
藤井君のような天才が次々現れてくるなら、この暗いコロナの時代が一気に明るくなること間違いなし。
彼に将棋を教えた祖母(動かし方しか知らないそうだが)のナイスプレイでした。(^^)/