・・・・・・・っということで、一昨日見た映画【人生はシネマティック】の中に良い台詞がありました。
映画好きって、どんなにつまらない映画を見ても、一つでも好きな部分を見出だすものだと、淀川長治さん(評論家)が言っていました。
主人公を好いている脚本家の台詞です。
「映画や小説は、どんな些細な部分も意味を持っている。でも、本当の人生には、それがない。」
ぼくがずっと「人生は物語じゃない」と言っていることと同じです。
人生に意味(=物語性)を持たせるのは、「後付け」なのです。
その証拠に、物語には「始めと終わり」がありますが、人生は途切れなく続くものです。
物語では「目的」があって行動しますが、人生の大部分には目的なんかありません。
動物の一生に物語なんかありません。
生きる意味を考えるのは人間だけです。
人生とは、あらゆる意味で生きるという行為そのものです。
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映画の脚本家は別の意図をもってこの台詞を入れたのかも知れません。
そのとき、主人公の女性(観客も?)がこの言葉の意味を理解したようには見えませんでした。
でも、完成した映画には、偶然このシーンの二人が写り込んでいたのです。
何気ない二人の無邪気な行動。
女性はそれを見て涙ぐむんです。
確かにそこには、(もう生きてはいない)脚本家との人生が確かにあったからです。