・・・・・・・っということで、姉を老人ホームに送り届けました。
実を言うと、姉のコンディションはサイテーでした。
どうサイテーか、ここに書くのがはばかれるほどひどい状態でした。
歩行器を使っても歩けなくなりました。
動く気力も協力する気もありません。
海岸に打ち上げられたトドの死体のように重い。
涎を垂らすようになりました。
2日前までは順調だったのに、裏切られた気持ち。
老人ホーム側も、厄介な物を持ち込まれて、話が違うと言いたくなるでしょうね。
ともあれ、後は野となれ山となれです。
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姉を車に押し込み、住んでいたマンションをふと見上げたとき、思いがけない感慨に襲われてしまいました。
このマンションが建った1976年4月に入居しました。
父50歳、母47歳、姉27歳、ぼく23歳でした。
あのとき4人家族で住んでいた部屋は、44年後の今日、ゼロになりました。
単なる居住空間でしたが、ぼくら家族はそこで寄り添って暮らし、そして崩壊していったのです。
そう、崩壊したのです。