トイレの哲学シリーズ(その15) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、何で「自分探し」なんて言葉が生まれたのか。

自分探しのために、何で旅に出なきゃならないのか。

ナイーブな自分に酔っていると馬鹿にするのは簡単だけど、その気持ち分からないでもないですね。

そもそも、「自分とは何か」を考えても結論が出るはずがない。

自分が分かるということはどういうレベルなのか。

どんなに長い旅を続けたって、「ああ分かったぞ!」と帰って来る人間なんて、薄っぺらいに決まっている。

分かっていても、自分探しの旅に出たくなる。

・・・・・・・

自分という漢字、自らを分かると書きますよね。

自らを分かるためには、周囲と自分の位置関係を知らなければならないはず。

自分探しとは、地図を見て自分の位置を知ろうとする行為に他なりません。

周囲とは何か?

それは社会(人間社会)であるはず。

社会における自分の位置を把握することが、自分探しの正体なのです。

旅行に出るという行為は、一旦その社会から出て外から眺めれば、自分の位置が分かるだろうという期待に基づいているのです。

・・・・・・・

では、社会とは何か?

何度も書いているように、人間が勝手に作り上げたヴァーチャルな世界なのです。

しかもその社会の正体は、人によって全く違うものなのです。

ぼくの描いている社会と、カミさんが思い描いている社会とは全く別だと誰でも知っているでしょう。(^^)/

結局、脳が描いている幻想なのです。

それに気付けば、自分とは何かを考えるなんて、ドーでもいい気分になりませんか?

だからといって、自分探しの旅が無駄だとは思いませんよ。(^ω^)