母も、(ちょっと問題のある)姉も、2日後に訪れる家族の別れを理解できていません。(ーー;)
ぼくは一人で、母が老人ホームに入るための生活用品のリストに従って黙々と揃えています。
早いもので、実家に泊まるのも、9月30日以来10日間経ちました。
実は、このマンションが建った40年以上前に、ぼくはしばらくここで家族と暮らしていました。
そのとき使っていたぼくの部屋は、物置と化して、足の踏み場もないほどでした。
実家に来てからの毎日は、片付けの日々。
ガラクタだらけ。
来る日も来る日も、ガラクタを45リットルのゴミ袋に詰めて、せっせとゴミ置き場と部屋を往復することに費やされてきました。
2日前に漸く、かつて自分の部屋だったところに布団を敷くスペースが出来ました。
それまではリビングに寝ていました。
40年ぶりに、かっての自分の部屋に寝っ転がり、天井を眺めました。
・・・・・・・・・
それにしてもこのガラクタだらけの家は、何と表現すればいいのだろう?
そう、ゴミ屋敷。
いったいここの住人は、捨てることを知っていたのだろうか?
5年前までは、父も住んでいた。
潔癖性気味の父が、こんな家によく我慢して住んでいたものだ。
最初は不思議だったけれど、漸く気付いた。
そうだ、父親も同罪なのだ。
だって、父のガラクタも、母のガラクタに負けないくらい多いのだ。
昭和初期に生まれた世代は、捨てることを知らないのだ。