残された時間 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、母と差し向かいで話しています。

どういう流れか分かりませんが、母が若い頃は水泳が上手かったよねという話になりました。

ぼくの記憶の中での母は、プールでスイスイ泳ぐ母の姿です。

しかも横泳ぎ。

その早さたるは、並みの男性のクロールより速い。

平泳ぎだって、クロールだって、背泳ぎだって何のその。

流石にバタフライは見たことがないので、泳げるか?と聞くと、やり方さえ分かれば泳げるサとあっけらかんと答える。

そんでもって、何時から泳げるようになったのだと聞くと、4才の時、船から船に飛び移ろうとしたら落ちたとのこと。

大人たちはどうしたかと聞くと、泳げて当然という反応だったらしい。

必死に泳いでいたら、泳げた。

母の出身は愛媛県は波止浜という港町。

家から5分も歩けばすぐ海だ。

学校では水泳なんて科目はない。

全員泳げてアタリマエ。

どうやって横泳ぎ、平泳ぎ、クロールを身に付けたのか聞くと、自然に泳げたという。

ぼくは息継ぎができないというと、息継ぎなんか考えたこともないという。

クロールで口が半分出れば息が吸えるだろうという。

学年の中でも母は上手い方だったろうと聞くと、みんな泳げたし、競争もしたことがないので分からないという。

父もクロールが上手かったねと振ると、大したことがなかったという。

母の兄弟、特に長兄の泳ぎが見事だったという。

母は5人兄弟で末っ子で長女。

そう、上の4人は全部男。

母は骨格が良い。

八頭身で肩幅が半端ない。

夏休みが終わると、担任が生徒を整列させ、何度も回れ右をさせたあと、日焼けは、せめて表裏が分かるくらいに控えるように指導されたそうだ。(^ω^)

・・・・・・・

この会話は全部録音した。

認知症が進んだ母には辟易されっぱなしだけど、こうやって母と話すチャンスは限られていているんだろうなぁ。