・・・・・・・っということで、考えがまとまらないまま書き始めます。
あるのは「今」だけ。
過去はもう無い。
未来はまだ無い。
時間を直線的に考えれば、背中に過去が迫って来て、未来は目の前に開けている。
すると、「今」というものは過去と未来にサンドイッチになった極々薄っぺらい存在でしかない。
薄っぺらいどころか、その厚みはゼロなんです。
ゼロとは無いこと。
無いのに存在する。
不思議ですね。
過去も無い。
未来も無い。
現在も無い。
結局何も無いのです。
ブッダが言おうとしたのはこういうことなのかな?
しかし、自分は存在する。
存在するから、こんな文章を書いている。
この文章を読むアナタも存在する。
ぼくもアナタもいつかは死ぬ。
いつかは死んで無に帰る。
死ぬのだからある時生まれてきたのは間違いない。
じゃあ、どこから生まれたの?
無から生まれたのでしょう。
死ぬって、過去が未来に追いついた(追い越した?)ということでしょう。
今とは無の中に生じた時間のクレヴァス(裂け目)みたいなもの。
裂け目だから裂けている。
裂けているけれどもくっ付いている。
そんな中に今があり、世界の全てがあり、ぼくらはみんな生きている。