【ロッキー・ザ・ファイナル】 | so what(だから何なんだ)

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そんなお年頃。
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【ロッキー・ザ・ファイナル】
2006年アメリカ映画

全く期待していなかった。
スジが観なくとも読めるからだ。
でもハマってしまった。
不覚にも涙まで出てしまった。(まあ、もともと涙もろいのだが。)

60歳の元ボクサーが無敗の現役ヘビー級のチャンピオンとエキジビションとはいえ、対戦するんだぜぇ?
良くそんな映画を思いつくもんだ。
観客をナメとるんかぁ?
.....っと、誰でも思うはずだ。

だが、アメリカは何でもありなのだ。
ロッキーは彼らにとって、伝説なのだ。
ロッキーは彼らにとって歴史なのだ。
実在の人物と同じなのだ。
フィラデルフィアのあの階段は、歴史的事件の現場なのだ。
映画という虚構の世界の中にでも、アメリカ人は伝説と歴史の人物を見出すことが出来るのだ。
230年という短い歴史しか持っていない国だからそうなるのだろう。

この物語の中には、悪人は出てこない。
だれもが行き詰まり、現状の生活に心を満たされないでいる。
ささやかな店を持って、一見幸せな生活を送っている主役のロッキーでさえも。
人生の中でなし得なかった、何か。
誰の腹の中にも「本当にオレの人生はこれでいいのか?」という、未消化の虫が住んでいるのではないか。
アメリカ人もそのはずだ。
私もそうだ。

9.11テロ以来、アメリカ人を苦しめてきた閉塞感。
「オレ達チャ、他人に好かれていないんではないか?」
ようやく、そのことに気付き始めた、ノー天気なアメリカ人。
自分達こそがワールドスタンダードだと信じ込んできたアメリカ人。
宿敵ソ連の解体後、これから自分達の思い通りになると夢を抱いたアメリカ人。
ややこしいことで悩まされず、アメリカンドリームを単純に信じてさえいれば良かった、あの頃に戻りたい。
その原点に戻れるのなら、60歳を過ぎた老人を担ぎ出し、ボクシングをさせることなど大した障害ではない。

聞くところ、アメリカではこの映画が大ヒットしたとのこと。
この映画は、スタローンが自分自身に捧げたオマージュであると同時に、アメリカがアメリカ自身に捧げたオマージュでもある。
(スタローンさん、今度はランボーを撮る気らしいが、それだけはやめてね。)

写真はシンガポールのスターバックスご当地タンブラー。
最近はスタバのご当地タンブラーを収集するのが流行っているとのこと。