【知的生活の方法】 | so what(だから何なんだ)

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そんなお年頃。
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【知的生活の方法】
渡部昇一著
講談社現代新書
1976年4月20日刊

いまから31年も前の出版だ。
著者が1930年生まれだから、彼が46歳の時に書いたものだ。
この人の著書は書店でよく見かけるし、テレビでも評論家のような活動をしていると思う。
既に彼は77歳だ。
上智大の教授という漠然とした知識しか持っていないが、あまりこの人の本を読もうという気にはなれなかった。
何故だか分からないが、こういうのが偏見というのだろう。

本を手に取ったのは、タイトルに惹かれたからだ。
私の歳になると、定年後の生活のことが心の片隅に引っ掛かっているものだ。
会社に行かず、家でゴロゴロしている自分を想像するのが怖いのだ。
いまはフィットネスに凝っているが、いつまでも体が動くわけではない。
それに、毎日フィットネスクラブに入り浸っているジイサンは、格好悪いし、そもそも迷惑だ。

ポイントは定年後に「知的生活」が送れるかどうかだ。
時間がたっぷりある生活が少なくとも20年は続くことになる。
この時間を「有意義に」過ごすためには、知的生活しかない。
毎日、昼真っから酒を飲んで暮らすわけにはいかない。
本当はそれでもいいのだが、金が続かない。

趣味がないわけではないが、どれも中途半端だ。
庭いじりとか、家庭菜園など、新しい趣味が出来ないとも限らないが、体を動かすこと以上に脳の活性化が重要なテーマだ。

さて、この本だが、読む前から薄々感じていたのだが、この著者とはウマが合わない。
この人は勉強が趣味だからだ。
本を読むことも含め、勉強することが大好き人間なのだ。
私とは対極にある人間だ。
私なんぞは、勉強大嫌い人間だ。
コツコツと努力をするのが、大の苦手なのだ。
どの様な分野でも、すぐにコツがあるだろうと考えてしまう。
努力はそっちのけで、コツを目ざとく見つけようとするのだ。
ご想像の通り、こういう人間は成功しない。
分かっている。

だから、この本の中で、著者がどんなに努力しているかをいちいち書かれると、ウンザリしてしまう。
反論の余地がないからだ。
著者もその辺のことは当然分かっていて、自慢話にならないように気を使って書いていることは分かる。
しかも、書いた時点で46歳だ。
もう、このようなことを書いても許される年齢だ。

だが、今の私の歳からするとまだ10年近く若い。私から見れば若造だ。
しかし、面白いことに本人は私より20年以上も年配だ。
本というものは、書いた時点で時間が止まってしまう。
当時の著者と今の著者ではもはや同じ人間ではない。

その後の著者の遍歴?は分からないが、この本を書いた後も同じ努力を今まで続けていることは想像に難くない。
いま乱発といっても良いくらい多くの本を出版するのは、年数が経つほど彼が蓄積してきた知識は増えるわけで、彼にとって造作ないことなのだろう。

だが、待てよ。彼は彼の望むところの教養人になったことは確かだろうが、どんなクリエイティブな仕事を達成したのだろう。
しかも、「偉人」と呼ばれるくらいの。

ウ~ン、難しい問題だ。
多分、彼が死んだ後も、偉人とは呼ばれないだろう。
これだけ努力してきたにも関らずだ。
所詮「勉強の虫」との評価で終わるのだろうか。

では彼の尊敬するカントやゲーテとどこが違うのだろうか。
少なくとも、努力は必要条件だろうが、絶対条件ではないようだ。

彼の他の著書を全く読まずにこんなことを書くのは、本人に対して非常に失礼に当たる。
私には、とやかく言う資格はない。
かといって、彼の最近の著作を読む気にはなれない。

最後に、印象に残ったことを2点。
1)本は何回読んでも良い。
私は本を古本屋に出さずに、貯蔵してしまうタイプだ。
だからカミサンに文句を言われ続ける。
しかし、彼の言葉に勇気付けられた。
尤も、どの本も2回以上読むことは殆どないのだが。
2)カード整理術
彼は、カードを作って知識を整理したとのこと。
昔の作家には、その整理をするだけに人を雇うケースもあったとか。
今は、パソコンでいくらでも検索できる。
しかも、インターネットでかなりの情報にアクセスできる。
本を書いてから31年後の今日、彼がどの様な整理術をしているか、ちょっと興味を持った。、