【硫黄島からの手紙】 | so what(だから何なんだ)

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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

【硫黄島からの手紙】
2006年アメリカ映画

連休中で、読書もせず、家族サービスに徹していました。
予想に反して天気の日が続いたためだ。
連休とはいっても、全くカレンダー通りの休みで、旅行するわけでもなく、近場の公園を巡っていたのだが。
どこに行っていたかというと、川崎の生田緑地、神木のつつじ公園、不動前の林試公園、玉川台公園、目黒駅近くの自然教育園、馬事公園だ。何という安上がりな大型連休の過ごし方だ。
入園料が必要だったのは、1ヶ所だけだ。見事なものだ。
ここで、言訳をさせていただくと、連休明けにハワイ旅行を計画していま~す。

.........っで、唯一雨の日の休日だった今日は、ツタヤで借りた【硫黄島からの手紙】の鑑賞だ。

話題の映画ですよね。本来なら、映画館で観るべき映画だろうと思ってはいたのだが。
案外早くDVD化されましたね。

この映画に私の期待していたのは、ちょっと違ったものだった。(多分皆さんとは。)
原爆投下でよくアメリカから聞かされる理由は、原爆投下によって日本占領に要するアメリカ兵の人的被害を最小限にとどめることが出来た......っていうアレだ。
日本人として、この説明は実に不愉快なものだ。
そのために、女性、幼児、老人、連合軍の捕虜も含めて、無差別大量殺人を行う理由には絶対になりえない。
私もずっとそれを感じていた。アメリカの行った、紛れもない人道に対する最大の犯罪だ。
だが、歴史を見るうえで、「時代の空気」というものを私はもっと重視すべきとも一方では考えている。

太平洋戦争の末期、日本軍の占領した島を落とすのは、フィリピンも含め、アメリカ軍にとって全く手応えのないものであったはずだ。戦争というより、日本軍が自滅(その殆どは餓死による自滅)するのを待っていればよいもので、とても戦闘とは言えないものであった筈だ。米軍は、まるでサラリーマンのように、定時に日本軍との戦闘に出勤していたようなものだ。

その流れの中で、硫黄島を攻める米軍だ。
彼らはお気楽な気持ちで、今までの成功パターンを繰り返すだけと考えていたに違いない。
圧倒的な空海による弾幕の後の上陸。あとは、機関銃を構えていれば、日本軍はバンザイを叫びながら、自殺攻撃を仕掛けてくる。それを十字砲火でなぎ倒すだけのワンパターンだ。

だが、硫黄島は違った。
さらに、沖縄も違った。
米軍が沖縄戦は日本軍が硫黄島の戦法を教訓にしていると思ったはずだ。
(実は硫黄島の戦法など、日本軍は評価していなかったと言い切ってもいいと思うが。)

そのとき、アメリカは考えたはずだ、硫黄島⇒沖縄と徹底的な抵抗を受けた経験から、日本本土の戦いとなると、それこそ未曾有の徹底抗戦が行われるのではないかと。
そう思っても不思議ではない。

この映画の中のセリフでも、ここ(硫黄島)での抵抗は、日本本土への侵攻を一日でも遅らせることが出来るのだと栗林中将に語らせていた。
だが、頑張れば頑張るほど原爆投下のリスクは高まっていったのだ。
これが全てではないと思うが、原爆投下賛成論を後押しした強力な論拠の一つではなかったのか。
私は、硫黄島戦をこのような皮肉な結果をもたらした戦いだったと位置付けたいのだ。
私が「時代の空気」の重要性を説くのはこういったことだ。

こういう視点を私は事前に持っていた。
だが、映画からはそれへの回答を得ることは出来なかった。(残念ながら)

最近の戦争映画は、まるで戦場にいるような効果を観客に与える技術が確立されている。
今回の映画も、そのいささか食傷気味の技術を見せ付けられるだろうと予想していたが、戦闘場面はものすごく控えめだ。この点は、クリント・イーストウッドの偉いところだ。
投入した制作費は多分すさまじいものだっただろうが、あまり金をかけたという印象を受けない。
変な話だが、この程度の戦争映画を撮るのなら、日本の映画界でも不可能ではないはすだ。

では、何をイーストウッドはこの映画で伝えたかったのか。
まだ観ていないが、「父親たちの星条旗」をあわせて観なければならないのだろう。
平板な解釈として、戦争を善悪で捉えてはならない。だから、敵味方双方から描かなければならない。
偉い!本当にイーストウッドがそう思ったなら、偉い。
映画では、捕虜を射殺する米国人も描いているし、負傷した米兵を手当てする日本人も描かれていてバランスをとっている。
だが、それはあくまで平板な解釈だ。
案外、イーストウッドはこの平板な解釈から一歩も出ていないのではないかという懸念を私は持った。

イーストウッドのみならず、当時日本軍と相対した米国人は、日本人を理解できなかったままではなかったのではないか。
それは、ムダとしか思えない自殺突撃を繰り返す日本人をどう解釈していいものか、その根拠だ。

イーストウッドはこの映画を通して、当時戦った日本軍の実情はこうだったのだということを伝えたかったのではないか。
要するに、米国で教育を受けたことのある日本人司令官、(当時ではありえなかった)やたら最近の若者っぽい考えをする西郷二等兵、結局生き延びることになった軍国主義に凝り固まった伊藤中尉、国際的な感覚を身に着けたバロン西などなどのキャラクターを出すことによって、当時の日本人は「解釈可能な日本人」であったことを。

だが、私はこの映画を観終わった後の印象はあまり良くない。それは、観る前に持っていた期待とは別物だったからだろう。
平板な解釈といってしまったが、あの戦争をアメリカ側から理解しようとする努力はとても偉いと思う。
イーストウッドから投げかけられたボールを日本側から映画という手法で、是非とも投げ返して欲しいと思うのは私だけであろうか。