トイレの哲学シリーズ(2) | so what(だから何なんだ)

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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、トイレの哲学その2。

幸福とは何か?というテーマ。

そもそも幸福を感じる主体がなければなりません。

そして、その主体が「幸福を感じる能力」を持っていなければなりません。

すると、幸福とは何ぞやと悩むのは人間以外あり得ません。

その中でも、悩むのですから「ヤヤコシい人間」であるはずです。

大学に行って、哲学を学んだりするからバカになるのであって、そんなことで悩まない人間のほうが、よっぽど幸せに生きているのです。(^^ゞ


さて、幸福か否かを決定するのは精神でしょう?

すると、肉体ではなく、精神が喜びを感じることが幸福だと言って良いでしょう。

精神が喜ぶとはどういうことでしょう?

何でもすぐに喜びと捉える精神と、滅多に喜ばない精神。

どちらのほうが、より幸福かって決めつけられます?

より深い幸福を求めるほうが上等で、単純に喜んじゃうほうは下等ですか?

・・・そんなことを考え始めたら、ヤヤコシい人間の仲間入りです。

オメデトー (^^)/


おっとイケナイ、今日トイレで考えたことから随分外れてしまいました。

今日考えたことは、猫です。

猫が最近人気です。

それは何故だろう?と考えたわけです。


ネコを見ていると、何だか幸福そうに見えませんか?

犬なんかと比べてネコは随分自由に生きているように見えます。

他の野性動物を見ると、自由というより生きることにあくせくしている感は拭いきれず、決して幸福そうではありませんね。

しかし、エサの心配のないネコが昼寝をしている姿は、手放しで幸福そうじゃないですか。

もちろん、ネコは幸福を感じる主体ではありません。

人間はなかなか幸福を実感できないので、せめてネコを見て幸福とは何かを受け取るんじゃないでしょうか。

違うか。 (;^_^A