築城は1616年。
戦国時代ではなく江戸に入ってからの城です。
城主は堀氏→牧野氏と変わっていますが、ドーでもいい?(^^ゞ
こんな感じの城です。↓
信濃川支流の柿川に囲まれていて、それなりの体裁を整えています。
でもね、戦国時代の真剣さが足りない。
命をやり取りするつもりではなく、支配のためと分かる。
だから、真剣さが足りない。(;^_^A
その証拠に、何度も水害に遭っています。
平坦な地形に、これはないでしょう。
そして、何度も失火で焼け落ちている。
現在、残存する遺構はゼロに等しい。
駅前のモニュメント。↓
かろうじて残る遺構はこの二ヶ所だけです。
そんな城ハンター(?)にとっては、面白味の欠ける城です。
しかし、この城を有名にしたのは戊辰戦争です。
大砲、小銃の攻撃を想定していない、真剣さが足りない城ですから、攻める側にとって落としやすい城だったでしょう。
ほぼ完璧に焼け落ちました。
ホントーに運の悪い城でありました。(ーー;)
ちなみに、駅前のレンタカーの店員に、城跡は何処ですか?と聞いたのですが、目の前にも関わらず知りませんでした。
長岡市民にとって、その程度の城なのです。(;^_^A