アバター(その3) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、自分はそもそも存在しないのだから、死なんてカンケーないということにならざるを得ません。

これはちょっと刺激的な考えです。

世の中の大半が、何らかの宗教に属している有神論者ですのでなおさらです。

これまで神についていろいろ書いてきました。(自分でも何を書いたか忘れるくらい。(;^_^A)

例えば、神は信じるものが存在しないと生きていけないとか。(^ω^)

そこで、有神論者が喜びそうなことを、無神論者であるぼくが書いてみることにします。

有神論では肉体と精神(自分)は別物であることが前提です。

でなければ、天国に誰も行けない。(^^ゞ

ぼくの考えはあくまでも肉体(身体)が主体である前提に立っています。

そうではなく精神(自分)を主体としてみましょう。

精神が肉体という器を使っていると。

これは「アバター」と同じ考えです。

宇宙の中心には精神を構成する何かがひと塊にあって、人間が生まれる毎に精神はそこから肉体に宿って、死と共にそこへ帰っていくというものです。

人間はあくまで生物という有機体です。

生殖活動によって細胞分裂して一個の生命ユニットを形成し、子孫を残して消滅します。

そのプロセスは、DNAの解読によって科学的に説明が可能になってきました。

しかし、生物学的な特徴を引き継ぐまでは(何となく)わかるけど、精神は説明できない。

だから、精神は別のところからやって来ると考えるのは自然であります。

その精神の巣窟は神が支配すると考えるのです。

この考えは実に健康的であります。(正しい正しくないは別にして。)

実は人類皆兄弟だったよですから。

アバターのように、肉体が消滅すれば精神は帰るべきところに帰るのです。

もちろん精神は再生可能です。

この考えは、無神論者のぼくにとっても魅力的な考え方です。

しかし、証明しようがない。

ぼくがかつて誰かの自分であって、もう一度ぼくという自分になったという記憶もないですから。(;^_^A


以上、ぼくにとって革命的な発見について説明を試みました。

たぶん誰も読まないだろうけど。(ーー;)