ラマダンの効能(その2) | so what(だから何なんだ)

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・・・・・・・っということで、ラマダン(断食月)はイスラム教における行(ぎょう)の一つですね。

イスラム教の行にはその他、礼拝というものが義務付けられていて、1日に5回もしなくてはならないそうです。

前回、行とは自分と向き合う時間だと書きました。

じゃあ、なぜ行をして自分と向き合う時間が必要なのでしょう?

それは、人間というものは放っておけばロクでもないことを考えるからです。

常に修正しなければならない。

仏教も同じです。

座禅を組んで瞑想をする。

それは、日常生活は煩悩だらけで、本来あるべき自分を見失ってしまうからです。

ぼくのような無神論者からすれば、行というものは非合理的なものに見えますよね。

しかし、実はとても合理的なものじゃないでしょうか?

哲学から日常のノウハウ本まで、真理とは何かから上手に生きることまで、様々な指針やヒントが書かれています。

しかし、その通り実行できる者は希です。

知識として頭に蓄積され(或いは忘れられ)たとしても、実際の行動や習慣として根付くことは殆どありません。

聖書だって、コーランだって同じです。

宗教の教えを正しく伝え、実行してもらうには「身体を伴う」行が不可欠なのです。

ムハンマドがムスリムたちに1日5回も行を強要したのは、教えを直ぐ忘れてロクなことを考えるものだと知っていたからでしょう。

ちょっと信用しないにもほどがあるなぁと思いますが、人間ってそんなものじゃないですか。

ちなみに、そういう行があることで、逆に楽に生きられるという意見をたくさん聞きますネ。

宗教は行という具体的な「解決策」を持っている点で、実に合理的だと思いませんか?(^ω^)