しかし、西洋の哲学者とは大分違いますね。
どこが?
仏陀は押しも押されぬ仏教という宗教の「開祖」です。
しかし、イエスやムハンマドとは大分違いますね。
どこが?
同じ哲学とか宗教なのに、根本的なところで何か違う。
それは、東洋と西洋の違いでしょう。
西洋は論理的なのです。
それと異なり東洋は理屈じゃありません。
老子は「道=tao」を説きます。
しかし、老子自身も言っているとおり、それは仮の名で、名付けようもないものです。
名付けた途端、それはそれじゃなくなる。
しかし、それは存在し、世の全ての事象を司っている。
西洋はそんなことでは納得できない。
あくまでも論理的に説明しようとする。
説明する手段は「言葉」以外ないはず。
そして説明するために沢山の新しい言葉を創作するのです。
だが、東洋は早い段階で言葉を見捨てる。
本当の真理とか神は、言葉では説明できないと知っているからだ。
だから、手がかりになるヒントを与える、暗示を与える。
あとは各自で考えるしかない。
各自が悟るしかない。
本来はキリスト教もそうだった。
だが、ひとたびキリスト教が(ローマ人から)ゲルマン系の手に渡った途端、彼らは論理的に考えだす。
彼らにとって理解とは、論理的に理解する以外、受け入れられないからだ。
かくてキリスト教の価値観を持つ西洋の論理が世界の正義となる。
そして世界は行き詰まる。
・・・・・・・
さあ、今こそ東洋の出番だ。(^^)/