・・・・・・・・っということで、パッとしないんです。
何ででしょうね?
↓ご覧の通り、別に問題があるわけでもなく、日本100名城の一角を占めています。


この城は徳川幕府が天下を平定後、一国一城制にもかかわらず新しく建設された城です。
築城したのは徳川家康の従兄弟である水野勝成。
福島正則が武家諸法度違反により改易されたことから、後がまに10万石を与えられたもの。

城の案内板を見ると、10万石に不釣り合いな、30万石に匹敵する豪華な城を築いたとのこと。

これを聞いて凄いと思うより、ナンか家康の威光をかさに着た、底の浅い見栄っ張りの城主の姿をイメージしてしまうのです。

だって、彼が背伸びをした分、領民が苦労させられるのですから。

・・・ってなことを勝手に想像していますが、何てことか、月曜日は休館日で入館できませんでした。(T_T)
海と運河で繋いでいるユニークな点はあるものの、典型的な平城様式で、あまり印象に残らない城でした。(^^ゞ