・・・・・・・っということで、今回は与えられたテーマからかなり外れます。
豚で思い出すのが、小学校の工作で作ったブタです。
学校に楽焼(らくやき)の釜があって、生徒全員が作品を作ってコンテストするのが恒例行事でした。
ぼくは3年生で、粘土でブタの像を作り、肌色の色付けをしました。
全員の作品が焼き上がるまでだいぶ時間がかかったように記憶しています。
出来上がったブタは自分で言うのもナンですが、造形的にかなり上出来で、ユニークでした。
担任(女性)も大絶賛で受賞間違いなしと太鼓判を押してくれました。
豚のグッズ、何か持ってる?
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ところが、優勝したのは象を作った同学年の男子生徒。
準優勝は女子生徒でした。
ぼくは、「佳作」でした。
ぼくが納得できなかったのは、優勝した象は焼くときに割れてしまい、鼻も耳もバラバラになっていたことです。
他の先生たちは、この割れたところに味があると言って大絶賛したのです。
ミロのヴィーナスじゃあるまいし、今でも納得できません。
小学校3年生といっても、細い鼻や、薄っぺらい耳は焼くときに割れてしまうことくらい予測する能力があるのです。
少なくともぼくは、予測して造形しました。
担任はガッカリしていたぼくを慰めてくれました。
そこで、今日の要点です。(^ω^)
今、先生の体罰が大きな問題になっています。
ぼくも体罰は何度も受けました。
しかし、加えられるときは納得していました。
確信犯だったからです。
体罰よりずっと嫌だったのは【贔屓(ひいき)】です。
らくやきコンテストで優勝、準優勝した男女の生徒は、普段から先生たちに贔屓されていました。
それこそ学校をあげて贔屓をしていました。
先生による贔屓は今の学校でも多少あると思いますが、当時はその露骨さに於いて想像を絶するものでした。
たぶんですが、当時は「健康優良児」という制度があって、先生たちが学校の名誉(?)のために躍起になっていたからでしょう。
確かに、贔屓される生徒は頭も運動神経もよく、いかにも優良児っぽい子供たちでした。
しかし、ゴマスリも上手かった。
ぼくは、子供のときからヒネクレ者でしたから、そういう連中とは距離を置くというか、対抗意識がありました。
たまぁ~にですが、ぼくを贔屓してくれる先生も何人か居ました。
ぼくはそういう先生に対しては、逆に反発したものです。
わざと答えが分からないと言ってみたり、つっけんどんにしてみたり。
とにかく贔屓する先生が大っ嫌いで、今に至ります。(^_^ゞ
豚の日からずいぶん脱線してしまいましたね。_(^^;)ゞ
