10話ですから約10時間!!
TVシリーズとはいえ、劇場映画並みの制作費と俳優をつぎ込んでいます。
ご存じないと思いますが、この物語は人間そっくりのアンドロイドたちが住む西部の町が舞台です。
彼らはホストと呼ばれ、人間の客(ゲスト)はここで勝手気ままに振る舞います。
勝手気ままにとは、殺人(?)などの犯罪を犯してもアンドロイド相手ですから罪になりません。
もちろん、ホストはゲストに危害を加えられません。
まあ、容易に予想できることですが、アンドロイドに自我が芽生え、人間を殺すようになるのです。
そこまでがシーズン1。
シーズン2になると、俄然ストーリーがこんがらがりだします。
何故West World (WW)を作ったのか、その謎が解き明かされていきます。
アンドロイドか人間か、観客に分からなくなっていきます。
人間だと思っていたのに、アンドロイドだったとか。
その逆も然り。
当然、アンドロイドを管理するのですから、プログラミングを自由に書き換えたり出来るので、現実と仮想の区別がつきにくくなっていきます。
すると、今が「現実」なのか自信が持てなくなります。
更に、現実を見、体験し、思考している「自己」はいったい誰なのか?となるわけです。
これは誰かが書いたプログラミングなのか、あるいは本当に自己なのか、確かめようがなくなるのです。
ネタバレすると、WWは人間が永遠の命を得られるかの実験場だったのです。
もし人間の脳にあるデータ(記憶)を完璧にコピーして、自分そっくりのアンドロイドの脳(?)に移植できれば、自分は永遠の命を得たことになるはずです。
人間というのは、記憶が基になっています。
記憶を疑い出したら、自己は確立できません。
ぼくは66年生きてきたことになっていますが、これは夢なのかも知れないのです。
パチンと誰かが手を叩いた拍子に、目が覚めないと確信が持てますか?
そんな解りにくい哲学的な命題を、合計20話も作ったのがこのドラマです。
見た人の5%も理解できないんじゃないかな。
勿論、ぼくも95%の仲間です。(^_^ゞ
アンドロイドのほうが人間的な道徳観を持ち、人間はその逆ではないか。
TV向けとは思えない、リアルな残酷シーンの連続です。
登場人物のほとんどが呆気なく射殺されてしまいます。
特に真田広之と菊地凛子が出ていた日本の戦国時代の回が残酷でしたね。
首は飛ぶわ、腕が切り落とされ血が吹き出すわ、切腹して腸は飛び出すわ。
全裸はアタリマエで、陰毛どころか性器さえ隠しません。(日本版はボカしています。)
・・・・えっと、見る気が失せたでしょう?(^ω^)