伊豆下田ナウ | so what(だから何なんだ)

so what(だから何なんだ)

人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、伊豆下田に来ています。

伊豆は近いので何度も来ていますが、なぜか下田は通りすぎていました。

下田といえば、ペリー来航。

ペリー来航と言えば吉田松陰の密航未遂事件。

・・・歴史的にはこのくらいかな?

下田のすぐ北にある小さな漁港。↓

海水の透明度が高く、夏は泳ぐのにうってつけですね。

尤も、地元の子供たち用で、観光客向けじゃないですね。


これも下田港直前の浜辺。↓

夏は海水浴客で賑わうんでしょうね。


さてさてこれが下田港のパノラマ写真。↓

入江の入り口が狭く、懐が深い良港だということが一目で解ります。


ペリー自身は通商条約まで持ち込もうという野心を持っていましたが、結果的には捕鯨船の燃料、水や食料の補給のための開港という決着になったので、幕府の完敗という訳ではなかったと理解しています。

↓黒船発見!! 観光船ですがね。


ペリー上陸地点。↓

流石に良い港を知っています。



さて、密航を企てた吉田松陰が、チャンスをうかがって身を潜めていた弁天島です。↓


櫓を漕ぐにはピボットがなくては漕げません。

漁師は盗難防止のため、ピボットのピンを抜いていたのですが、松陰たちはフンドシを巻き付けて代用したのです。

吉田松陰は頭のいい人でしたが、計画はずさんで穴だらけ。

あくまで理論の人で、世間知らずの人でした。


弁天島には二人の立派な銅像が建っています。↓

弟子の金子は下級武士でしたので、逮捕後の扱いが悲惨で、それが元で病死しました。



弁天島の付け根にはもうひとつ松陰の銅像が建っていました。↓

こちらは目立ちません。(^_^ゞ


密航に失敗した吉田松陰たちは、ここにあった番所に出頭し、逮捕されました。↓


本日の宿は小高い場所にあり、伊豆大島が近くに見えます。↓