親父の関係で、子供の頃は引っ越しばかりしてきました。
山口県、岐阜県、東京、神奈川県と続き、今治の記憶はゼロです。
就職後も両親の家から通ったのはほんの一時期、外国も含め、あちこち住まいを変えました。
それに比べ我が二人の娘、長女は生まれたのは築地産院ですが、現在の家に物心ついたときから33年ずっと暮らしています。
次女はこの家から30年間全く移動せず。
ぼくにはその感覚が無い。
隣近所も、公園も、駅前商店街も生まれたときと同じです。
そして幼稚園、小学校、中学校の友達も、結婚して出ていくことがあるものの、実家とその両親は知っています。
彼女たちにとって、この生活圏は隅々まで知り抜いているのです。
ぼくも、この地に住みはじめてはや30年間が過ぎました。
こんなに長く住んだのは人生初めてです。
でも、仮の住まいという感覚から抜けきれていません。
だから、子供たちのように地元に詳しくはありません。
いつかは出ていく土地で、ふるさとでは決してありません。
間違いなく娘たちにとって、この地は濃い存在で、ふるさとそのものです。
ぼくにはその濃さがどうしても理解できないのです。
根無し草のようなぼくにとって、ふるさとは蜃気楼のような存在なのです。