幸福とは(その2) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・っということで、

昨日カミさんと鋸山に登ってきました。

登山道は急な階段が続き、息も切れ切れ、汗ダラダラでとても苦しいものでした。

頂上に到達すると、その苦しさがあったお陰で喜びは倍増されました。

頂上展望台で東京湾や奥に広がる関東平野を眺めていると、また喜びを感じました。

しかし、あとは下山して渋滞の道を帰るだけです。

ぜんぜん喜びは長続きしませんよね。

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ここで考えます。

喜びの感情を持続させるには、苦しい、つまらない部分でも楽しいに変えてしまえばいいのではないか。

要するに、喜びが持続しないなら、喜べるものを増やせばいいんじゃないかと考えるのです。

往復のアクアラインは時速10km以下のノロノロ運転でうんざりさせられました。

しかし、そのお陰で普段会話の少ないカミさんといろいろ話が出来ました。

登山道は苦しいものでしたが、久しぶりに運動したおかげで、脚力がまだ健全であることを知りました。

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喜びに至る過程が、辛ければ辛いほど喜びは倍化されることは皆知っています。

だからといって、自ら進んで自らを苦境に陥らせるのは、単なるマゾヒストです。

小さな幸福の種を見つけましょうというのでもありません。

そうじゃなくて、物事の辛い部分、悪い部分にくっ付いているプラスの側面を見る心を養うのです。

そう、実に些細なことですが、簡単ではありません。

要は心のあり方を変えるだけなんですが、心の訓練が必要です。

心の訓練とは、ありのままを見るのではなくて、一歩下がって見る訓練です。

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ここまで書いて、ナンか違うなぁと自分で思うのですが、三が日の酔った頭ではこの程度かなぁ?

考えていたオチは、結局死の間際に自分の人生を振り返り、幸福だったなと思えるか否かです。

もし、幸福だったという気持ちで死ぬことが出来れば、まさにそのとき、永遠に続く幸福を手に入れたということになるからです。^m^