吉田松陰とは(その5) | so what(だから何なんだ)

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・・・・・・・っということで、おこがましいですけれど、ぼくと吉田松陰は似ています。

オヤジがぼくに向かって、「オマエは安っぽい正義感で身を滅ぼすぞ」と警告したことはここでも書きました。

吉田松陰はいくつかの奇行をしています。

一つは既に書いたとおり、東北地方を旅行するためだけに、脱藩(当時としては重大な犯罪)をしています。

そして、ペリーの艦隊に小船で乗りつけ、密航を企てたことです。

当時、密航は死罪に値する大重罪です。

ここで取り上げたい最大の奇行が、安政の大獄に連座して投獄されたときに彼が取った行動です。

取り調べ奉行の前で、尋問を受けているときに、幕府の要人暗殺計画を自ら告白したことです。

聞かれてもいないのに。

逮捕の直接の容疑では、彼の罪はそれほど重くありませんでした。

軽い刑罰で放免される公算もあったのです。

なのに、奉行の簡単な誘導尋問にまんまと引っ掛かり、言わなくてもよい暗殺計画まで告白してしまったのです。

甘い。

彼は自分の正論を正々堂々と陳述すれば、相手を論破できると考えていたからでしょう。

実に甘い。

理想実現のためには、自分の命など捨てる覚悟があったにしても、バカというしかない。

死刑執行までのあいだ、獄中で書いたものが残っていますが、無理矢理自分を言い聞かせているような筆運びなのです。

もう、バカにつける薬が無いとしかいえないでしょう。

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でもね、ぼくには分かるんですよ彼の気持ち。

ぼくも同じような行動をサラリーマン時代何度かやらかしたのです。

もちろん命をとられるような時代ではありませんが、自分が破滅すると知りながら、自分の言動を止められなかったのです。

自分のバカさ加減を知りつつ、長いものに巻かれろ的な行動をどうしても取れなかったのです。

流石オヤジ、自分の息子の性質を見抜いていたのです。

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彼は自分の理論の純度を、意識して徹底的に高めた。

いくら正論であっても、純度が高い思想は狂気と同等になる。

彼の主催した松下村塾で門下生に対して何度も「狂いたまえ」と発言したそうです。

分かるなぁ~~

幕末時代、多くの思想家が生まれて大きな影響を与えましたが、彼ほど純度の高い思想を構築した人物はいないでしょう。

純度を高め、その水準を維持するためには、「言行一致」を自分に課すしかなかったのです。

甘いですね。

バカですね。

そして、悲しい性(さが)ですね。

同じ性を持っているぼくだから、彼のことは理解できるけれど、シンパシーは感じないのです。


・・・以上、吉田松陰について。