吉田松陰とは(その4) | so what(だから何なんだ)

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・・・・・・・っということで、吉田松陰は尊敬すべき人物として、戦前は大いに祭り上げられたそうです。

 

要するに、彼の尊王思想が軍国主義に利用されたのですね。

 

だけれども、ぼくはそれほど彼に対してシンパシーを感じないんです。

 

その理由が先ず29歳という若さです。

 

彼は思想の中だけで生きた人でした。

 

彼はバカじゃありません。

 

理想の中だけで生きる危険性を知っていたはずです。

 

所謂、世間知らずの頭でっかちの人間となりやすいからです。

 

だが、それを知りながら自らを意図的に純粋培養したに違いないのです。

 

現代と違って、当時は自由な移動を制限されていた。

 

長州の萩という狭い土地で一生を送る人だって何人もいた。

 

そんな中で、彼は進んで九州に出張したし、江戸にも留学させてもらった。

 

彼の特異なところは、東北旅行するという友人との約束を守るために脱藩までしているのです。

 

挙句の果ては、アメリカに密航しようとしたり、ロシアへの密航も試みている。

 

自分の思想が閉ざされた空間で純粋培養される危険を知っていたからこそ、そういう無茶をしたはずです。

 

29歳とはいえ、立派な大人です。

 

世間に揉まれることによって机上では得られない知識を身に付けることは、大人なら誰でも知っていることです。

 

しかし、彼は強い意志でそういう世間の毒を絶った。

 

酒も飲まず、タバコもやらず、そしてよく知られていることですが、童貞を守った。

 

思想を高めるために、知識は貪欲に吸収しようと努めたが、その純度が下がることを極端に嫌った証拠でしょう。

 

ハッキリ言えば、「偏屈な人間」といえるでしょう。

 

そういう考え方が、いかにも若い。

 

29歳という大人相応の考え方じゃない。

 

そこが彼に対してシンパシーを感じない理由なのです。

 

・・・つづく。