なるほど、これなら理屈に叶っている。
さらに鏡に映った背景を注意深く見ると、ここは劇場で、バーカウンターがあるのはその吹き抜けの2階部分だと判る。
・・・・・それでも、依然居心地の悪さを感じるのはどうしてだろう。
色々考えてみると、女性は体ごと真っ直ぐ画家を向いているのだから、テーブルに対して斜めにならなければならないはず。
左腕は伸びて、右腕は若干曲がらなければ理屈に合わない。
骨盤はテーブルに平行だとしても、上体はややねじれているように描かなければならないはず。
ヤッパリ変だ。
あれっ?
ここまで来て新たな発見をしてしまった。
女性は真っ直ぐ立っているのではなく、かなり体を前に屈めてテーブルに手を付いているに違いない。
それは後ろに映った姿では、前に屈んでいるではないか。
ある日本の高名な美術家が、女性の体に対して手が異様に長く、アンバランスだと指摘していた。
デフォルメすることによって、無名の女性の確固たる生活力を表していると訳知り顔に解説していたが、どうもその解釈は疑わしい。
このようにマネは様々な不安感を鑑賞者に与えることによって、19世紀末を覆っていた不安を意図的に絵で表現したのだろうか?
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ぼくは別の解釈をします。
マネは単に人体を描くのが下手くそだったのだと思います。
彼の有名な【オランピア】にしても、【草の上の昼食】にしても、裸婦が平面的であるし、人体のバランスが明らかに変です。
そしてこの絵から感じることは、マネはこの女性にホレていたに違いないということです。
マネはこの絵を描いた翌年、1883年に51年の生涯を閉じました。

