福岡伸一という生物学者の講義でしたが、ぼくは彼を知りませんでした。
超人気者らしいのですが、人気の理由が納得できました。
着眼点や、発想がユニークなんですが、それ以上に伝え方が上手いのです。
真面目そうな風貌なんですが、飄々としていて、ときたま冗談を挟んだり、なかなかの曲者と見ました。(^ω^)
講演には沢山の考えるヒントが満ちていましたが、その中で特に興味を引いたのが、「生と死の定義」でした。
死の基準として「脳死」が知られています。
脳死=死という考えですが、脳が反応しなくなった後でも、他の臓器や細胞はまだ生きています。
そこで、「臓器移植」という考えが出てきて、実際にそれは実施されています。
・・・・・っと、そこまでは誰も考えます。
ところが、生はいつから始まるかという問題を考える人は希です。
受精したとき?
脳が脳としての機能を発揮し始めたとき?
それっていつ?
この問題を考え始めたら、堕胎問題の壁に突き当たります。
出産前の胎児は人間と考えていいのか?
生の始まりの前は死と考えていいのか?
当たり前だ、生きた人間だと考えるのが普通でしょう。
ならば、堕胎は殺人ではないか。
こう考えると、堕胎と臓器移植は同じ問題を抱えることが分かります。
どこかで生と死の線を引くことになるからです。
福岡教授は問いかけます。
生まれる前に臓器を培養して、生体に移植することだって可能ではないかと・・・。
俄然生物学は、哲学の問題に踏み込むことになるのです。
面白いですね。