言葉について(その2) | so what(だから何なんだ)

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・・・・・・・っということで、言葉について考えています。

【ことば】という音が先に生まれて、【言葉】という文字が当てはめられたとぼくは思うんですが、確かなことは分かりません。

しかし、これまでにない新しい言葉が生まれるには、先に文字が当てはめられ音になるケースが多いと思います。

例えば、【電話】が発明されたとき、【でんわ】という音は先に出てこなかったと思うのです。

そうやって、相互に作用しながらどんどん言葉が増えていくもののはずです。



以上は、あくまで漢字(表意文字)を持つ人々の話です。

英語のように表音文字を持つ人々は、音が先に生まれるはずです。

もちろん英語にも「pre-」とか「ex-」とか、「agri-」「anti-」などの決まったprefixがありますが、漢字の数よりずっと少ないと思います。

ですから、彼らの言葉は音重視のはずです。


次は文字を持っていない人々の間の言葉はどうなのでしょう。

文字を持っていない人々の言葉は【音】が全てです。

言葉を聞いて頭の中に文字を思い浮かべるプロセスは存在しないのです。

すると、言葉とはそもそも、音が原点だと分かります。(アタリマエか)

人類の文明が進化するためには、多くの言葉の発明が必要であり、それは【文字】との相互作業がなければ実現できないというだけです。



さてさて、ここまで長々と書いてきたのに、ぼくが興味を持つのは動物や鳥たちの言葉なのです。

鳥のさえずりを聞いていて、まるでそこには【会話】が存在するように思えて仕方ないことはないですか。

もうちょっと高度な猿などの動物の中でも唸り声とか、叫び声を交わしていますね。

イルカはさらに高度な交信のようですが。

それらを【言葉】といって良いのでしょうか?

ぼくはこれは【信号】に近いもので、とても意思の疎通目的である【言葉】とはいえないと考えていました。

しかし、単なる危険を知らせたり求愛のための信号目的で、あれだけさえずったり声を上げる必要があるのでしょうか。


離れた距離にある仲間に自分の意思を伝えるには【音】しかないでしょう。

その音は耳を通して直接【脳】に届きます。

ということは、【脳】と【脳】は音によって繋がっていると言っていいでしょう。

人間は知能が発達していますから、文字によって目を介して相手の脳に伝えることも出来ますが、本当に伝えたいことは音のほうが確実なはずです。

ちょっとわき道に外れますが、本を音読することや、読み聞かせに意味があるのは、音による効果が高いからじゃないでしょうか。

もっとわき道に逸れると、最近ラジオの人気が高まっているのも音に対する評価が再認識されている証拠じゃないでしょうか。


ここまで来ると、【音楽】に触れざるを得ません。

音楽は【言葉】や【文字】ではありません。(声楽は言葉か・・・(^^ゞ)

音によって200年以上前に生きていたモーツァルトの【脳】と直接繋がることができるってスゴイことだと思いませんか。



こういう認識の下に鳥のさえずりを聞くと、彼らは単なる信号のやり取りをしているのではなく、限りなく会話に近いことをしていると思えるようになるのです。


あちこちに話が飛びましたが、以上、言葉の持つ力を忘れがちな現代人に。