一番右の建物が資料館で、入場料300円も取られます。
展示スペースはごく狭く、料金に見合いません。

資料館にジオラマがあるケースが多いですが、とても役に立ちますよ。
米蔵から小舟で直接入出荷していたことが分かりますね。
川は右に流れていて、その先には最上川河口に位置する酒田港があります。
そここから北前船や弁才船で西回り航路で大阪や江戸に出荷されていたんですね。

↓弁才船です。

庄内平野は米所ですが、最上川上流の新庄盆地からも米が坂田に集まってきていました。
社会科の勉強になりますねぇ~。(^o^)/
小学生がぼくと一緒だったらいい勉強になるのにね。
仕方ないことですが、学校教育は時間的な限界がありますね。
↓左に米俵の重さを実感できるウェイトがあり、奥が30kg、手前が60kgです。
腰が弱いぼくは30kgさえ持ち上げられませんでした。(>_<)
ちなみに当時の女性が一度に背負った記録が米俵5俵。
合計240kgになりますね。(60×3+30×2)
ウェイトリフティングの記録が148kg(75k級日本女子)ですから、あり得ない重さですよね。(◎-◎;)

当然の結果として、数多くの豪商といわれる人たちが誕生しました。
その代表的なのが本間家で、有名な人物が三代目当主本間光丘(みつおか)です。
彼は儲けるばかりではなく、低利の貸し付けや、公共事業にも投資して酒田の発展に貢献したそうです。
「本間さまには及びもせぬが、せめてなりたや殿さまに」と歌われるほどの豪商だったそうです。
殿様より力を持っていたのですね。f(^_^;




