前橋で一泊 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、前橋。

ヘリコプターで関東を北上すると、平野が途切れて山に出会います。

そこでようやく関東平野の広さを実感するのです。

その感覚は飛んでみなきゃ分からない。(^ω^)

関越道は高崎→前橋→水上→長岡と謙信が通った路を辿ります。

尤も、国境の長いトンネルはありませんでしたが。f(^_^;

利根川の上流、山岳地帯が始まる手前に前橋があります。

その上には沼田城、名胡桃城と真田氏に関係の深い城が続きます。

もちろん関東の出入り口で、要衝だったからです。

前橋にも前橋城跡があり、謙信の時代には厩(うまや)橋城と呼ばれていました。

(ねっ、馬に関係するでしょ?)

謙信は毎年春になると国境を越えて戦をしましたが、何度かは帰国せずに越冬することもありました。

その時に使ったのが廏橋城で、云わば謙信の関東における足場の城といえるでしょう。

謙信の相手は武田信玄だけではありませんでした。

関東は北条氏と戦い、2度ほど小田原城も包囲しています。

この城も取ったり取られたり、波瀾万丈の歴史を辿りました。

今は本丸のところに巨大な群馬県庁がそびえ立っています。


立派(過ぎる)県庁。↓

県庁としては日本一の高さ。もちろん都庁のほうが高いけど。


かろうじて土塁の跡が残されています。


ナンか、無惨だなぁ。


県庁ビルの最上階の32階には無料展望台がありますので、是非上がってください。

↓水上方面。


↓東京方面。




天守があった場所には小さなお堂があるだけです。↓



坂東太郎といわれる暴れ川の利根川によって、何度も流されたようです。


前橋で泊まった翌日は名胡桃城を見てから、いよいよ謙信の本拠地越後に入ります。