・・・・・・・っということで、ある哲学者が断片的に語った「愛」についての箴言に触発され、ぼくが連想したことを書いてみます。
「愛とはその人全部を愛さないと本物の愛とは言えない。」・・・ってな意味について。
愛する対象は人間ですから、欠点を持っています。
欠点だらけといってもいいでしょう。
愛は盲目とはよくいったもので、世の中はちぐはぐなカップルで溢れています。
愛さえあれば欠点など見えなくなるのでしょう。
いや、欠点こそ好きになるのが愛ってものでしょう。
ぼくと同じ職場に周囲から大反対されていた男と結婚した女性がいました。
彼女はその時、欠点だらけだけでも一つでも良いところがあれば、私はその一つだけを愛して結婚しますといい放ったのです。
その言葉に周囲の女性陣は感動していたのですが、冷静なぼくはその話を聞いて一つしかいいところを持っていない男なんて・・・とシラケていました。
だって、その時いまの言葉で言えば出来ちゃった婚だったのですから。
ぼくの連想はさらに続く。
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いくら盲目とはいえ、愛だって理性と本能で構成されているはずです。
時間の経過とともに相手の欠点を欠点と認識するようになるはずです。
現在進行形で恋愛中のカップルや、新婚ホヤホヤには実感できないでしょうが、年数が経った夫婦においてはパートナーの欠点に対し如何に目を瞑ることが上手く出来るかが全てという状態になるのです。
さらに、当初は魅力であった容姿は否応なしに欠点の仲間入りしていくのですからね。
そんな中で、まだ相手を愛していますかと問われたら?
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次に「愛されたい」について。
相手をこんなに愛しているのに、どうして自分のことを愛してくれないんだろうというジレンマは愛には付き物です。
そんなとき、自分の愛される要素は何かを冷静に考え、愛されるべく自分を変えるよう努力せよとアドバイスされます。
それが出来れば苦労はしない。
だって、最初に述べたように相手の欠点をも愛せるのが本物の愛なんだから。
ありのままの自分を愛して欲しい、イヤ、愛すべきだと考えるのも当然でしょう?
しかし、相手の欠点をも愛すということは、裏を返せば相手を独占したいという感情でもあるのです。
相手の身になって考えれば、こんなヤツに独占されてたまるかが本心なのです。
愛されたいという感情はこれほど独善的で迷惑なものなのです。
それになかなか気付かないのです。
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さて、愛する愛されるについて考えてみましたが、最後に結論めいたことを書いて終わりにします。
愛し愛されるには他人相手ですから難しい。
しかし、もっと難しいことがあります。
それは、自分を愛すること。
自分の欠点は自分がいちばん知っています。
その欠点を全て愛することは至難のわざです。
少なくともぼくにはそれが出来ない。
自分で自分を愛せない。
どうりで誰からも愛されないわけだ。(;^_^A