タレント議員 | so what(だから何なんだ)

so what(だから何なんだ)

人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、なぜ大衆は政治的素人のタレントを選挙で選ぶのか?について考えてみました。

もし、ビートたけしが立候補したら、ぶっちぎりで当選するでしょう。

古い人なら覚えていますが、タレントが議員になる意外性に最初に着眼したのは横山ノックです。

本人もまさかの初当選。

予想通りというか、政治家としての実績は誉められたものじゃなかった。

その後大阪だけの現象にとどまらず、青島幸夫が都知事に当選するなど、タレント議員は珍しくなくなっていったのです。

公平な目で見て、彼ら(彼女ら)の政治手腕はお粗末なもので、政治的混乱さえ招く者もいたのはご承知の通りです。

それなのに大衆はタレント議員を選び続けるのです。

しかし、大衆は馬鹿じゃない。

一部には面白半分で投票する者もいるでしょう。

けれども、大半は政治的混乱を織り込み済みで投票しているのです。

混乱が起きても社会に変化をもたらして欲しいという願望がそれほど強いのだと分析すべきでしょう。

そういう変化を渇望する社会ではポピュリズムの手法を用いる政治家に易々と扇動されてしまう危険性があるのです。

ヒトラーはタレントじゃなかったけれど、当時はテレビがなかっただけです。

彼が宣伝の力を知り尽くしていたのは名な話です。

それでも大衆は馬鹿じゃないと言いたいのです。

当時と今では情報量が圧倒的に違うからです。

ヒトラーを生んだ社会とは大衆のレベルは格段に上がっているのです。

それにもかかわらず小池さんとか、橋下さんとか、トランプさんを選んじゃう。

その深層心理には、混乱が起きても社会が破綻しないだろうとの読みがあるのです。

それほど現状の社会は変えられないものだと諦めていると理解すべきでしょう。

ぼくが言いたいのは、これこそが怖いとことなのだということです。

もっとも、世界中が大阪人化して面白がる文化が広まっているだけかも知れませんがね。(;^_^A