・・・・・・・っということで、アンドロイドの数を増やすためには当然のことながら、「製造」しなきゃならない。
ところが、製造しなくとも増やす仕組みを製造会社の社長(悪者)は考えるんですね。
どういいう方法だと思います?
それは人間とアンドロイドがセックスして、アンドロイドにアンドロイドを産ませることを目指すんです。
こりゃあSFとしては実に面白い発想ですね。
ゴズリング(アンドロイド)は何でバーチャルの彼女と恋愛するのか疑問だと前回書きましたが、どうもこの社長はアンドロイド同士をセックスさせて、アンドロイドを産ませることまで企んでいるのではないかと気付くのです。
そこまで企んでいるから、無駄に見える恋愛感情をアンドロイドに仕込んだと考えられるのです。
しかし、これは明らかにおかしい設定です。
もしアンドロイド同士を掛け合わせて見事赤ちゃんが生まれたとする。
しかし、その赤ちゃんは明らかにアンドロイドだから、「成長」はしないはずです。
人間との合いの子(差別用語?)だったら、成長するのは理屈に合う。
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ここで最大のネタバレしてしまいますので、映画を見る予定の人は読まないでください。
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物語が進むにつれ、ゴズリングが自分はデッカード(ハリソン・フォード:もちろん人間)とレイチェル(アンドロイド)の間に生まれた子供じゃないかと疑いだすんです。
そこまで行くのに物語りは時間をかけて(まどろっこしく)描くんです。
予告編にあるように、ついにゴズリングがハリソンと会うのですが、そのときハリソンは敵だと思ってゴズリングを殴るんですね。
しかし、ゴズリングは殴られるまま抵抗しないんです。
なぜなら、彼はハリソンを父親だと思っているからなのです。
さらにネタバレは続いて、結局ゴズリングは他人の記憶を植え付けられているだけで、彼の息子ではないことが判ります。
このときのゴズリングの演技がとても良い。
記憶が偽物だと判ったのですから、悲しいですよね。
やっぱり自分は単なる作られたアンドロイドだと知るのですから。
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この辺のストーリーを楽しめるか楽しめないかがこの映画の好き嫌いが分かれるでしょう。
誰も読んでいないでしょうが、もう少し続きます。(^^ゞ