キリスト教を理解する試み(その8) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、世界の各宗教の信者数です。

・キリスト教 22億5400万人 33.4%
(イタリア・フランス・ベルギー・スペイン・ポルトガル・中南米・アメリカ・カナダ・イギリス・ドイツ・オランダ・北欧オーストラリア)

・イスラム教 15億0000万人 22.2%
(インドネシア・マレーシア・トルコ・エジプト・サウジアラビア・イラン・イラク・中東)

・ヒンズー教 9億1360万人 13.5% (インド・ネパール・バリ島)

・仏 教 3億8400万人 5.7%
(日本・中国・韓国・ベトナム・タイ・カンボジア・ラオス・スリランカ・ミャンマー・チベット)

・無宗教:7億6900万人(11.4%)

・無神論:1億4830万人(2.2%)

・・・・・・・

・ユダヤ教 1400万人(0.2%)

・・・・・・・

・神 道:278万人(0.0%)

合計:67億4960万人 (百科事典「ブリタニカ」年鑑2009年版)


この数字が正しいとか間違っているなどという気持ちは全くありません。

酒を飲むムスリムもいるし、聖書を真剣に読んだことのないキリスト教徒だって沢山いることも知っています。

アバウトで、世界の3人に1人がキリスト教徒、イスラム教徒が猛追していること、

三大宗教のキリスト教+イスラム教+仏教で約60%、ヒンドゥー教を加えると世界の3/4。

それに比べ、無宗教と答えた人が10人に1人だけと、圧倒的少数派になります。

ぼくは、無神論者を公言しているので、50人に1人の、世界のスタンダードから見ればとんでもない不信の徒ということになります。

・・・・・・・

すると、神を信じないぼくは間違っているのか?

特に教会や、神を称える様々な集会の様子を視界の端っこに捉えるにつけ、ぼくは仲間はずれになったような、実に居心地の悪い、ある意味劣等感に苛まれてしまうのです。

ぼくだって、神を信じられるものなら信じたい。

信じることができたら、神を受け入れることができたら、どんなに楽になれるだろうと思うのです。

ある意味、信者の皆さん以上に神を欲していると言えるかも知れません。

・・・・・・・

今回の「キリスト教を理解する試み」、以前の「イスラム教を理解する試み」はぼくの内なる心の葛藤なのです。

この歳になると「救い」を求めたくなるものなのです。

こういう記事を書いていると、宗教を信じる者に対して論戦を挑んでいるように捉えられるかも知れません。

要するに言い負かしてやろうとする魂胆です。

しかし、誤解して欲しくないのは、ぼくは宗教について理解をより深めたいだけなのです。

ぼくの考えは間違っているよと指摘されるより、こう考えてみてはどうだろう?とアドバイスして欲しいのです。

逆にぼくの考えは面白いと思ってもらいたいのです。

こうして対話しながら、「お互いに」高め合いたいのです。

・・・・・・・

こんなことを書いていると、闇に向かって吼えているような感じがします。

だって、だれからも反応がないんですから。(T_T)

それでも吼え続けざるを得ないのです。

着地点はどこ?

・・・・・・・

何回か書きましたが、どんな宗教でも到達点は同じだというダライ・ラマの言葉の重さを感じるのです。

ぼくが目指すのは、無神論者でさえも、同じ到達点に達することができるのではないかです。

特定の宗教に帰依しなくとも、「宗教的に生きる」ということは出来るはずです。

無神論者でも救われる。

そういう着地点を求めているのです。

こういう態度はどの宗教の信者に対しても、その真摯さにおいては決して劣るものではないのではないでしょうか。


・・・・・・・っと、闇に向かって吼えています。(^^ゞ

このシリーズ終わり。