・・・・・・・っということで、今回の北海道旅行のテーマのひとつであった「北前船」。
旅行中は小樽、松前、江差、函館と北前船の港は訪問したものの、歴史的背景までたどることは出来ませんでした。
北前船と聞いてまず不思議なことは、何であのような四角帆の和船で往復できたかということです。
昔は船乗りの端くれでしたので、逆風でも進める三角帆なしには往復航路は不可能だと知っているからです。
往復を可能にするための要因は「風向き」と「海流」です。
アラブがなぜ貿易で栄えることが出来たのか。
それは、季節によってインドとアラビア半島間の風向が変わるということを知っていたからです。
ポルトガル人(バスコ・ダ・ガマ)がやって来るまではこれは極秘情報でした。
まず、日本海の海流を調べます。

北へ向かうにはこの対馬海流に乗れば易々と行けることは一目瞭然です。
お飾りのような四角帆でも十分です。
しかし問題は、帰り道。
対馬海流に逆らって進む技術が必要です。
初期の北前船には「艪」が付属していたものがあったそうです。
要するにガレー船ですね。
しかし、帰るときは年がら年中漕がなければならないことになる。
もちろんこの方式は廃れます。
次の要因は「風向き」です。
行きは対馬海流に乗って、帰りは北風に乗ってというのが次の推理です。
「夏(6~9月)が南(南西)の風
冬(10~5月)が北(北東)の風。」
というのが常識です。
そっか、冬の間に北風を利用して帰ってくればいいのだ。
そこで、北前船の運行状態を調べます。
『通常は年に1航海で、2航海できることは稀であった。』ことが分かります。
推理を補強する情報です。
【1年1航海の場合】
下り(対馬海流に対して順流)
3月下旬頃、大坂を出帆。
4 - 5月、航路上の瀬戸内海・日本海で、途中商売をしながら北上。
5月下旬頃、蝦夷が島(北海道)に到着。
上り(対馬海流に対して逆流)
7月下旬頃、蝦夷が島を出帆。
8 - 10月、航路上の寄港地で商売をしながら南下。
11月上旬頃、大坂に到着。
下りの場合は、まったく問題ありません。
問題は、上りです。
7月下旬出航11月大阪入港では北風を十分活用していないことになります。
まだ夏の向かい風のときに出航しているからです。
ここで、ぼくの推理は頓挫してしまいました。
行きは良い良い帰りは怖いじゃ商売にならないからです。
・・・・・・・
この項長くなるので、つづく。